山下麻衣+小林直人 地球上を生きる1組の生き物として美術と向き合ってみる

中尾英恵(小山市立車屋美術館学芸員)

私は、「GABA 増量」コースでお米を炊いている。炊くのに、やたらと時間がかかる。しかし、GABAが何かは知らない。炊飯器に増量コースの設定があるくらいだから、何か良い物に違いないと思っている。
小学校の文集に「20年後に、火星に行く」と書いていた少年が、中年になって、本当に宇宙に行ったというニュースを見た。
実家がある金沢まで、1人で7時間くらい車を運転して行くことを人に話すと、驚かれることが多い。参勤交代では、金沢城から江戸城まで、だいたい13日かけて歩いたそうだ。徳川家康が亡くなって、今年で400年。
学生時代、旅行先で、旅行中の学校の友人に遭遇する事が3回あった。校内でも、滅多に会わないけれど、人生で1回か2回しか行った事のない場所で会った。
愛犬が亡くなった時、遺体をどうするか家族会議が行われた。激論の末、動物霊園で火葬をし、霊園の墓地に納骨した。墓地は5年契約。なぜなら、5年で土へと戻るそうだ。

高校生の時に出会い、2001年から公式にユニットとして活動している山下麻衣+小林直人は、2005年にベルリン芸術大学のスタン・ダグラスの研究生として、1年間ベルリンに滞在する。その後、アーティスト・イン・レジデンス・ プログラムを中心に、スイス、ドイツ、アメリカを拠点に活動してきた。東日本大震災が起った時は、ドイツに滞在していた。2012年末から、生まれ育った千葉を拠点に活動している。山下+小林の表現メディアは、ドキュメントとしての映像、写真、オブジェ、ドローイング、写生としての木彫、ペインティングなど、さまざまである。ユーモアとシンプルという際立った2つの特徴を有する方法を用いて、植物、動物、地球、自然、迷信、輸送、偶然、欲、時間、コントロール、歴史といった日々の生活の中で出会う多種多様な対象と2 人が対峙することを通して、作品を制作する。その手法は、大きく2つに分けられるだろう。1つは、一見不可能に思われる事柄や、無益に思われる事柄を、実際に実行し、そのプロセスを映像とオブジェ等を組み合わせたインスタレーションで見せる作品である。「概念で作る」作品である。他方は、創作における1つの原点へと回帰した「見て作る」作品である。

《Present (for Giraffe)》(2004年)では、着ることはないであろう、キリンの為に、3ヶ月の時間をかけて、誰も見たことがないだろう、キリン用のセーターを編む。《miracle》(2004年)では、5つのサイコロを振って、同じ目が出た結果だけを集積し、つまり、誰も見たことがないだろう、1,296 分の1の確率の出来事が1分の1の確率の出来事となる。《Candy》(2005年)では、直径18cmの巨大な飴を作って、誰もしたことがないだろう、6ヶ月間舐め続けるという飴の作り方で、市販されているサイズの飴を作る。《When I wish upon a star》(2004年) では、誰も唱えたことがないだろう、たくさんの願い事を、流れ星に唱える。《infinity》(2006年)では、誰もしたことがないだろう、芝生の上を毎日走るという、道の作り方で、芝生の上に道を作る。《1000 WAVES》(2007年)では、誰も数えたことがないだろう、物の数を数える。押し寄せてくる波を1000回まで数える。《Dogsled》(2008年)では、誰もしたことがないだろう、フェイクファーで装飾したラジコンカーで犬ぞりをする。《telepathy》(2009年)では、誰もみたことがないだろう、2人の間におこる10回の思考転写を行う。《GOING MAINSTREAM》(2010年)では、誰もしたことがないだろう、ナイル川とアマゾン川をゴムボートで下るという、無益の為の壮大な労働をする。山下+小林のこれらの作品は、現実の常識を覆し、人が経験をしたことがない景色を見せるのである。
これらの作品は、『進め!電波少年』や『探偵!ナイトスクープ』といった1990年代に出てきたリアリティ番組的な要素を持つバラエティ番組における手法との接点を見出せる。「アポなしロケ」や「ユーラシア大陸をヒッチハイクで横断する」、「視聴者の依頼を一緒に調査する」という番組内容の中で、登場人物達は、(テレビで放送するという目的がある訳だが) 今の社会において無益に思われることに、ひたすら真面目に、手抜きをしないで、全力で取り組む姿が感動と笑いを呼び、また、身近にある小さいネタに光を当てている点が共感を産むのである。その構造には、類似性があるのではないだろうか。

人間社会で生きていると、社会の関心の中心は、人と人との関係にあるが、山下+小林の向き合う対象に、人は極めて少ない。向き合う対象の多くは、動物や自然など、地球上に存在する異なった時間軸と価値観を持ったモノである。山下+小林にとって、人は、地球上に存在する多種多様なモノの1種に過ぎないのである。ドイツのミネラルウォーターを日本で購入し、飛行機に乗ってドイツへ行き、水源にミネラルウォーターを戻しに行った《Release of mineral water》(2004年)や、砂浜から砂鉄を集めて1 本のスプーンを作った《A Spoon Made From The Land( 大地から作った1本のスプーン)》(2009年)での、地球上にある物質との接し方には、地球上に生きている多様な中の1 存在としての謙虚な姿勢が現れている。また、フォンタナの作品に着想を得て、ライオンにキャンバスで遊ばせて、かじったり引っ掻いたりして、フォンタナ風の作品を作る《Lion & Canvas》(2008年)や、森に焼成前の陶土の皿と食べ物を一晩置いておき、足跡等の動物の痕跡がついたお皿を作る《Forest Dishes》(2010年)、ヤンキースタジアムで餌を探しにきた鳥達を観察する《Major League Birdwatching》(2011年)、愛犬アンを模した木彫を、アンにおもちゃとして与え、アンによって手を加えられ、コラボレーションによって彫刻を作る《Anne and Anne's Sculpture》(2012年)では、1つの同じ物が、人間にとってと、動物にとってでは、異なる価値観を持つという世界観が現れている。その世界感は、同じ1つの水でも、天衆には瓔珞、人間には水、鬼には猛火や膿血、魚には住家と観るように、同じ物も、見る者によって異なるという一水四見という道元禅師の教えと繋がっている1

また、ささやかな結果を得る為の不釣り合いな労力においては、フランシス・アリスの氷の固まりを溶けてしまうまで9時間以上かけて押し続ける《実践のパラドクス1》(1997年)を思い起こすが、この作品での目的は、日常に奇跡を起こすことではなく、「社会における労働の現実と矛盾を浮かび上がらせる2」ことにある。山下+小林の作品も、経済のグローバル化による物の移動、輸送による二酸化炭素の排出、大量生産大量消費へのアンチテーゼといった、人間社会における社会問題といった観点からの様々なメタファーとして読み解く事もできる。しかしながら、日常の中に埋もれた社会や政治的な問題を示唆しようとするのではなく、あくまでも、そこから見えてくることは、2 人の世界に対する態度である。重要な事は、誰しもが現実に奇跡を起こすことができる、「想像をする」ことが持つ無限の可能性の方にある。

2011年3月11日に起った震災以後、山下+小林の向き合う対象に変化が見られる。最も身近な存在である「自分」と自分たちが生まれ育った場所である「日本」と向き合うようになる。本展を構成するメインの作品となる《Artist's Notebook》(2014−2015年)という現在36 点からなるペインティングのシリーズは、2 人がアイディアスケッチに使っていたノートを絵に描き起こした、アイディア帳をモチーフとした静物画である。坂本繁二郎の箱をモチーフに描いた、一連の《箱》の静物画シリーズから着想を得ている。なぜ、今、静物画なのか。
実物をそっくりに再現する技巧を競い合う場であった静物画は、形態や色彩、光、構図、空間といった造形的な芸術上の実験の場となり、また、モチーフの選択と配置によって、象徴的に表現する場でもあった。《Artist's Notebook》のオーソドックスな構図は造形的な実験ではなく、モチーフのノートが饒舌に語りだすこともない。「面白いこと」が詰まっているに違いないモチーフの「ノートの中」を、鑑賞者は読むことは出来ない。少しいじわるにも思えるこの作品だが、山下+小林を媒介に想像する楽しさを追体験していた鑑賞者にとって、想像をするという無限の可能性の行為の主体へと開かれたものである。「概念で作る」と「見て作る」との両方の要素を合わせて持ち、アイディアを具現化した、これまでの作品とこれから制作される作品をもすべて構造の中に取り入れたメタ作品は、あらゆる複雑性を誘発する。

《I Am Everything, Everything Is Me》(2015年)では、パスポートの写真、椅子、落ち葉、眼鏡、生肉、ごはん、犬、犬のぬいぐるみ、馬、骨、動物の排泄物、スマートフォン、ベンチ、花火、クレーン車、集合住宅、雑巾、トイレットペーパーなどが、多種多様な「me」、「me」、「me」、「me」という音とともに次から次に瞬間的に変わっていく。溶ける氷から湧き水、忙しそうに動く蟻からビルの屋上で仕事をする人、石からじゃがいも、赤色の三角コーンからプチトマト、ビルからつくし、つくしからトーテムポールと、色や形、用途、材質、性質の連想ゲームのように、形のある物、ない物、自然物、人工物といった様々な物に「me」が移り変わって行く様は、現代の万物流転の世界を体現する。「「私」という物質自体が、地球上のサイクルの中で形作られた一瞬とも言えます3。」と言うように、この作品は、すべてのものが固定的な本質をもたず、変化が常態であることを示すのである。しりとりや連想ゲームといった道具のいらないゲームの中に、万物流転の世界の発見でもある。
《僕と私》(2015年)、《美術》(2015年)、《世界》(2015年)は、ゲシュタルト崩壊を扱ったシリーズである。知っているはずの漢字が、どうにも妙な形になってしまい、困ったり笑ったりした経験が多くの人にあるだろう。ここにも、山下+小林らしい、日常の中にある、見落としていたユーモアの発掘がある。漢字の形態の崩壊と再生の繰り返しもまた、万物が生滅変化する無常の世界観と繋がっている。《Anne and Anne's Sculpture》にも見られる世界観である。

大自然である山は、存在に具わる性姿相のすべてを尽くして欠けるところがない。このために、常に安定した存在であり、そして常に歩みを運ぶのである。山が歩みを運ぶ本性を、まさに審らかに学ばねばならぬ。大自然である山の歩みは大自然である人の歩みと同じであるはずだ。大自然である山も常に変容しているのだ。だから人間が歩み行くのに同じように見えないからといって、山が歩みを運ぶことを疑ってはならぬ。4

《How to make a mountain sculpture》(2006年−)は、スイス滞在時に、新たな土地と向き合う1つの方法として、見ることを通して知ることを試みた作品である。モチーフである山を目の前に据えて、山を彫った、「見て作る」作品である。美術の歴史を振り返ってみれば、屋外で写生をすることを重視した制作法もあり、現地に出向いて屋外で制作することは突拍子もないことではないが、雄大な山の景色の中に、ぽつんと2人で木彫を作っている景色は、人が経験をしたことがない景色である。《How to make a mountain sculpture–Japanese Mountains》(2012年−)は、「ナショナリズムや右傾化といったポリティカルな視点とは別の、あえて自然観察的な姿勢で静かにこの国を見つめたくなり制作した5。」と語っているように、震災がもたらしたことについて、人間社会の一員というよりも地球上に生息する一員として、考察を続ける作品である。

社会の向かう方向も常に変化をしている。常識とされるものも常に変化をしている。美術の流れも常に変化をしている。その時、その時の、メインストリームとなる方向や論調、風向きが形成されるが、人が野球を見に集まる場所で鳥を観察するように、国会議事堂の前に人が集まっている時に誰もいない山へ行くように、山下+小林は巧妙に少し外してすすんでいく。身の回りにある事物と対峙して、「概念で作る」作品と「見て作る」作品とを交差させて制作する山下+小林は、地球上を生きる人としての視点と、アーティストとしての視点が融合したメタ的な問いを考え続ける。

山下+小林は、美術における実践を通して、自分たちの目と耳と頭を使って、想像することの持つパワーを実証する。思考プロセスまでをも埋め込まれた情報やインスタグラムだけでも1日に5,500 万枚の画像がアップされると言われる程、莫大な量の画像に満ちた、いまの世界において、自分で考えることもじっくり何かを見ることも、凡人達の慌ただしい日常生活の中では難しい。山下+小林は、お金をいっぱい使わなくても、今ここにある物と自分たちの五感と頭と時間を使うことで、「もっと面白いことがあるよ。」「経験する価値があることがあるよ。」と、人生を肯定してみせる。満足に与えられている物がすでにあることを教えてくれる。鑑賞者は、いつも使っていない頭の部分を使ってみたくなるだろう。それは、きっと小さな大いなる変化である。なぜなら、この変化は、無限の可能性へと開かれている。

 

1 道元著、石井恭二訳『現代文訳 正法眼蔵』第2巻、河出出版、1996年、p227、第29「山水経」(14)より引用。
2 神谷幸江「歩くこと、繋ぐこと−見えない橋を架ける」『Don't Cross the Bridge Before You Get to theRiver』東京都現代美術館と広島市現代美術館での個展のカタログ、青幻舎、2013年、p106
3 山下麻衣+小林直人、筆者との出品作品についてのやりとりの中より引用。(2015年7月17日、メールにて)
4 道元、前掲同書、p219
5 山下麻衣+小林直人、『山と犬』ヒロミヨシイ六本木での個展のカタログ、hiromiyoshii roppongi、2014年、p2